イスラエルは現在、世界のベンチャーエコシステムにおいてシリコンバレーに次いで注目されている。特にAIやIoTといった分野で要素技術やBtoBソリューションを多く排出するイスラエルは日本企業にとって相性が良く、イスラエル側も官民挙げて日本企業への売り込みに積極的である。そして、これらイスラエルのベンチャー企業は、その技術の元をたどると、大学研究機関で長年研究された技術が事業化されるケースが多い。

 今回はそのようなイスラエルの技術イノベーションの根っことなる、イスラエルの大学について、その全体像を整理していきたい。

世界のベンチャー企業排出ランキング「PitchBook Universities: 2020」

 スタートアップデータベースを手掛けるPitchbook社は、2020年9月22日に、Pitchbook Universities:2020という調査結果を発表した。このランキングは、世界の大学を対象として、ベンチャー企業の排出度合いをランキング化したものである。厳密には評価の仕方によってランキングは変わるかもしれないが、大まかには優れたベンチャー企業を輩出する力のある大学、というように言えるだろう。

 この調査は2006年1月~2020年8月末までの、1回以上資金調達を行ったベンチャー企業を対象にして、その大学の出身者となる創業者の数や、資金調達金額、企業の数をカウントしているものである。毎年実施されており、昨年の2019年版の調査結果も公開されている。

今年はTOP10はこのような顔ぶれであった。

1Stanford University
2University of California, Berkeley
3Massachusetts Institute of Technology (MIT)
4Harvard University
5University of Pennsylvania
6Cornell University
7University of Michigan
8Tel Aviv University
9University of Texas
10University of Illinois
出所)Pitchbook Universities 2020より引用

 このランキングにおけるTOP50にイスラエルの大学が4つランクインしている。わずか900万人弱の人口であるイスラエルが、世界のベンチャー企業を輩出するTOP50に4大学も入っているのだから驚きである。

注)ただし、この調査結果にはヨーロッパの大学が英国を除いてほとんど入っておらず、本当に精度良く調査ができているかというと疑問が残る。例えば感覚的にはスイスのEPFLなど、ヨーロッパにもこのランキングに入ってしかるべき大学は多数あるが、含まれていない。その点を踏まえて本調査結果を見る必要はある。

ベンチャー企業を多数輩出するイスラエルの大学

 イスラエルには現在8つの総合系大学と、数十もの単科大学などの高等教育機関が存在している。特に今回紹介するトップ4大学は、学生数万人規模の大きな大学となっており、保有する学部や研究領域も多岐に渡っている。

 それではトップ4大学を紹介しよう。

8位:Tel Aviv University(テルアビブ大学)

画像クレジット:אור פ CC Attribution-Share Alike 4.0 International

 1956年創立で、在校生3万人以上のイスラエル最大の大学となっている。科学・人文・芸術など総合的な科目を提供し、128の研究センターを保有している。別のランキングであるが、2013年に発表された”Lucrative Shanghai Ranking”では、世界で最高の150大学の1つにも選出されている。数多くの著名な卒業生を輩出しており、IDF(イスラエル国防軍)の首席補佐官やテルアビブ市長などがいる。

 2020年9月に、様々存在する人類の大きな課題に対して、データベースソリューションで解決する研究をサポートすることを目的としたGoogleファンドのGoogle.orgが、テルアビブ大学の”The AI and Data Science Center”へ助成金を授与することを発表している。これは、特にCOVID-19と戦うためにデータサイエンスと人工知能(AI)を活用した影響力の大きい研究を支援するものであり、世界で同大学の研究室が選ばれている。

12位:Technion – Israel Institute of Technology(テクニオン-イスラエル工科大学)

画像クレジット:Technion / Israel Istitute of Technology CC Attribution-Share Alike 2.0 Generic

 設立は1912年まで遡る、まさにイスラエルを代表する同国最古の国立技術大学。合計18の学部及び教育機関を擁し、ノーベル賞受賞者2名も教鞭を取っているとされる。研究・教育水準はマサチューセッツ工科大学と肩を並べ、世界最高水準を誇る。理学部や工学部、建設学部など幅広く理工系の学部を有するが、特に大学病院及び医学部がある点はMITと違う特色である。

 卒業生の大半が自ら事業をスタートアップ。今までに米国NASDAQに70社以上が上場を達成。この点が他大学と違う大きな特色。

 主な研究所および研究プログラムは以下。

Research Institutes

  • ソリッドステート研究所 (Solid State Institute)
  • 宇宙調査研究所 (Asher Space Research Institute)
  • 水調査研究所 (Grand Water Research Institute)
  • 交通調査研究所(Transportation Research Institute)
  • 国際建築調査研究所(National Building Research Institute)

Technion Research Programs

  • ナノテクノロジー研究所(Russel Berrie Nanotechnology Institute)
  • ライフサイエンス・エンジニアリング学際領域センター(The Lorry I. Lokey Interdisciplinary Center for Life Sciences and Engineering)
  • 自律システムプログラム(The Technion Autonomous Systems Program)
  • エネルギープログラム(Grand Technion Energy Program)
  • サイバーセキュリティセンター(Technion Cyber Security Center)
  • 機械学習&インテリジェントシステムセンター(Machine Learning and Intelligent Systems (MLIS) Center)
  • 量子センター(The Helen Diller Quantum Center) 他多数

 例えば2020年4月に同大学から発表されたニュースリリースでは、テクニオン工科大学の航空宇宙工学部の研究室の研究者とOBにより、医療スタッフが遠隔操作するロボットプラットフォームを設計し、COVID-19による感染のリスクを減らしたと発表した。欄バム病院で実際に実証試験がされており、人と人が接触せずに薬と飲み物を運ぶことができる様子がYoutubeで公開されている。

同大学公開のYoutubeへの直リンク

 イスラエルでは大学と産業がの距離が近く、大学で研究・育成された技術を元にした大学発ベンチャーが数多く毎年生まれている。

32位:Hebrew University(ヘブライ大学)

画像クレジット:BlueHorizon CC Attribution-Share Alike 3.0 Unported

 ヘブライ大学は1918年に設立された、約23,500人の学生を有する総合系国立大学である。創設者の1人はあのアインシュタインである。ノーベル賞は同大学から8回選出されており、大学が取得した特許は約1万件、約120社のスピンオフベンチャー企業が存在している。

 研究科・学科は以下の通りである。総合系大学であり、人文・社会科学、工学、福祉・医学・薬学・獣医学、神経科学など幅広い研究科が存在している。

  • 人文科学部
  • 社会科学部
  • 法学部・犯罪学センター
  • 数学・自然科学部
  • ロバート・ハッシュ・スミス農学・食品・環境学部
  • 医学部
  • 歯学部
  • ビジネススクール
  • レイチェル・ヴァサル・ベナン工学・コンピュータサイエンス
  • ポール・ブレワルド社会福祉学校
  • ブラウン公衆衛生・地域医学部
  • 薬学
  • シュロモ(シーモア)フォックス教育学校
  • カート獣医学部
  • フェダーマン公共政策・行政大学院
  • 環境学院
  • ロスバーグ留学生学校
  • エドモンドとリリー・サフラ神経科学センター
  • ジャック、ジョセフ、モートン・マンデル人文科学高等研究学校

 同大学には、Yissumというヘブライ大学専門の技術移転会社が存在しており、同大学におけるスタートアップエコシステムにおいて重要な役割を担っている。このYissumは大学の有名な研究者や学生によって生み出された発明とノウハウのマーケティングの機能を持つ。Yissumは特許収入で世界第15位となっている模様。

 このYissumによると、農業・化学/マテリアル・クリーンテック・コンピューターサイエンス・ライフサイエンスといった分野での移転可能な技術が多い。特にライフサイエンスは突出していることから、同大学において強い分野の1つとしてライフサイエンス分野があることがうかがえる。

46位:Ben Gurion University(ベングリオン大学)

画像クレジット:Daniel Baránek CC BY-SA 4.0

 1969年に設立。イスラエルの主要な研究大学の一つであり、多くの分野で世界のリーダーを生み出している。約20,000人の学生と4,000人の工学系学部の教員が在籍。健康科学、自然科学、人文社会科学学部、経営学部、医学部、クイットマン高等大学院研究科、アルバート・カッツ砂漠研究インターナショナルスクールなどを保有している。イスラエルのエンジニアの1/3は同大学を卒業していると言われる。

 先端研究・応用研究に力を入れており、大学の特許ポートフォリオ管理も担当する技術移転会社BGN Technologiesを通じて、世界中の機関、企業、財団とのプロジェクトを行っている。対象領域は多岐に渡り、バイオインフォマティクス、ロボット工学、エネルギーおよび燃料、人間工学、サイバーセキュリティ、ナノテクノロジー、水資源、生態学と環境、ヒト遺伝学、疫学、幹細胞、糖尿病、がん、高度な薬物、バイオテクノロジー×農業技術、情報技術と通信、環境水処理、代替エネルギーなど、サイエンスから工学まで幅広く手掛けている。このBGN Technologiesのパートナーとして、IBMやバイエル、アウディ、サムスン、マイクロソフト、Paypal、Dell、NECなどの大手企業が挙げられている。


 ここまで、イスラエルのトップ4大学について紹介してきた。特にライフサイエンス、ロボティクス、環境・エネルギー、AI・IoT、ナノテクノロジーといった分野はイスラエルの大学は総じて強く、多様な技術を持ち、技術移転会社を通じて次々と世の中にベンチャー企業やライセンスという形で出てくる。

 イスラエルの大学研究機関との提携に参考になれば幸いである。