2020年9月、Appleと米国大手保険会社のAnthemは、Apple WatchやiPhoneなどの日常的なデバイスの使用が、喘息患者の状態を改善させて役に立つかどうかの新しい研究を発表した。

この研究は、AnthemとApple、そして米国カルフォルニア大学アーバイン校とソフトウェア会社CareEvolutionの協力によって実施されている。

喘息デジタルアプリの有用性の大規模研究

この秋から開始される研究プロジェクトは2年間という長期間で、900人を目途に参加者を集める大規模な研究となっている。参加者は、Anthemのヘルスプランを利用している喘息と診断された人を対象に、招待制で募集が募られた。

この研究の主な目的は、デバイスとアプリを利用した喘息のモニタリングツールにより臨床的な変化がどのように起こるかを調査することである。さらに、この研究では、iPhoneやApple Watchなどの日常使用デバイスから収集されたデータが喘息の悪化を予測するのに役立つか、喘息コントロールに向けた潜在的なデジタルバイオマーカー※1として役立つかどうかも調査するという。
※1 バイオマーカーとは、ある疾病の存在や進行度を表す指標として使える物質等のことを言う

全ての参加者には、Apple Watchと睡眠モニタデバイス(BedditTM Sleep Monitor)が送られる。また、参加者はギフトカードでの少額のインセンティブも得られる。

参加者はアプリを通して喘息コントロールに関するアラートや、情報のアップデート等を得ることができる。アプリにはApple Watchと睡眠モニタリングデバイスからデータが吸い上げられ、センサー値がレンジから外れるとアラートが出る仕組み。また参加者は医療提供者向けに、データのレポートを印刷することもできるという。

なお、Appleから提供される睡眠モニタリングデバイスは、Appleが2017年に買収したBeddit社のもの。また、Appleは2019年にTueoHealthという喘息モニタリングアプリのスタートアップも買収しており、このTueoHealthは非接触のマットレス下に置くセンサーを使ったモニタリングを開発していた。

今回の研究ではこうしたAppleのリソースを組み合わせて、1つのソリューションとして提供する試みでもあると想定される。

AppleやAnthemの狙いを考える

米国では喘息発作によって年間180万人が救急科に訪問しているという。これは大きな医療費負担となる。大手保険会社のAnthemにとってはこうした取り組みを通じて、喘息患者の状態を改善し、保険会社・患者双方にとって費用のかかる喘息治療の必要性を減らすことができる。

Appleにとっては、喘息という医療課題に対して自社のソリューションの有効性を確認する良い機会となるだろう。こうしたデジタルツールの有用性はまだ新しい市場のため、エビデンスを作っていくフェーズにある。またもう1つの狙いとして、実験を通して予測モデルを開発するための大量のデータを集めることができる点は大きい。デジタルヘルスケア領域において、症状が悪化するかどうかの予兆検知や予測を行う技術というのはホットな分野となっており、こうしたアルゴリズムが開発できればデバイスのプラットフォームとしての価値を上げることができると考えられる。

こうしたデバイスメーカーと生命保険会社、そしてソフトウェア会社、大学のコラボレーションによる大規模な実験・研究というのはデジタルヘルスケアにおいて非常に興味深い試みである。


ー 筆者の目 -
日本では大規模なデジタルヘルスケアの実験が行われる例はあまり見たことが無い。一方で、米国ではこうした実証実験が実施され、そのツールの有効性の確認や、更なる開発のためのデータ収集が行われていることがわかる興味深い例である。