さて、2020年も終わろうとしている。今年はコロナウイルスにより市場環境が激変した年であったが、デジタルヘルスケア領域は公衆衛生も含めてその重要性を高めている。

2020年も数多くの新しい動きが起こったデジタルヘルスケア領域であるが、今回は改めて海外のデジタルヘルスケア領域における動向を改めて整理した。

2020年に起こったデジタルヘルスケア領域のトレンド

(1) COVID-19への対応技術の開発

まず、今年の景気や市場動向を激変させたCOVID-19への対応技術というのがトレンドの1つとして挙げられるだろう。COVID-19が拡大し始めた今年2月あたりから、一気に企業でのCOVID-19関連技術の開発が加速し、また政府機関もそれを積極的に支援した。

具体的には以下3つの技術が挙げられる。

1. 非接触でのCOVID-19スクリーニング

サーマルカメラを使い非接触で体温を測定する技術はすでに市場で展開されており、すぐに活用された。ただし、サーマルカメラで解決するわけではなく、明確な発熱を伴わないと検知ができないこと、また発熱だけでは風邪などとの症状の見分けがつかないことが課題として残っている。

そこで、カメラを使ったiPPG(imaging photoplethysmography:イメージングフォトプレチスモグラフィ)やレーダーにより体温に加えて心拍数や呼吸なども含めたバイタルデータを取得することにより、COVID-19をスクリーニングできないかという試みが研究されている。

例えばイスラエルの4Dイメージングセンサーを開発するVayyar Imagingは、は2020年5月にロボットヘルスケアソリューションのMeditemiと提携し、COVID-19の早期検出を含む介護ロボットの開発を行うと発表した。

また、論文ベースであるが、サーマルカメラとAIを使ったマスク着用者における呼吸状態の識別技術が提案されている。(ただし下記の論文はあくまでarXivへの投稿であり、査読付きの論文ではない点は注意)
論文:Jiang, Z.; Hu, M.; Fan, L.; Pan, Y.; Tang, W.; Zhai, G.; Lu, Y. Combining visible light and infrared imaging for efficient detection of respiratory infections such as COVID-19 on portable device. arXiv2020, arXiv:2004.06912.

2. 家庭でのCOVID-19検査

通常、COVID-19のPCR検査をすることは、取り扱いのある診療所や病院へ行くなど手間のかかるもの。またそうした検査所は人も多いことから、自宅でスクリーニングの簡易検査ができれば、ユーザーにとっては価値があることになる。

そこで、唾液や鼻腔スワブ検体を自宅でユーザーが自分自身で採取し、ラボに送ることでCOVID-19の簡易検査を行うサービスが複数生まれている。おおよそラボに届いてから72時間(3営業日)程度でオンラインで結果が知らされるようになっており、価格は150$前後であることが多い。

米国でFDAから最初に緊急使用許可を与えられたのはEverlywellというベンチャー企業であり、2020年5月に許可が発行されている。

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ただし、この領域はすでにコモディティ化している印象だ。結局は技術的な差別性というよりは、自社が提携または保有する臨床ラボの有効活用によるマネタイズの意味合いが強いと考えられる。

3. ウェアラブルを使ったCOVID-19スクリーニング

多くのウェアラブルデバイスメーカーが結果を見守っているのがこの領域だ。いわゆるFitbitやApple Watch、Garminなどの一般消費者向けのウェアラブルデバイスを使ってCOVID-19のスクリーニングを行う試みが研究されている。

この領域を牽引しているのは、スタンフォード大学のヘルスケアイノベーションラボの研究だろう。2020年4月から大規模にFitbitなどのウェアラブルを使った研究を行っている。

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実は上記の研究には続報が出ており、Nature Biomedical Engineeringから2020年11月に論文発表がされている。約5,300人の参加者を対象として、COVID-19に感染した32人の生体データ・活動データを分析したところ、そのうち26人(81%)が心拍数、歩数、睡眠時間に変化があったという。大変興味深いことに、COVID-19に感染していた25人のうち、22人が症状の発症前(または発症時)に兆候が検出され、4人が少なくとも9日前に兆候の検出ができたという。

(2) 消費者向けウェアラブルでのSPO2検知の搭載

今年のウェアラブルデバイスで相次いだニュースとして、SPO2(血中酸素飽和度)の測定ができるようになるというものがある。Fitbitは以前よりSPO2センサーを搭載しており、今年ようやく本格的にアプリでデータを見ることができるようになった。サムスンが夏に発売したGalaxy Watch 3や、Appleが9月に発表したApple Watch Series6でもSPO2が測定できるようになっている。

SPO2については以下の記事でもまとめている:

COVID-19のスクリーニングでもSPO2のパラメーターが使える可能性が指摘されており、今後要注目な生体データである。

(3) Amazonのヘルスケアウェアラブルへの参入

これまでAmazonはヘルスケア領域のウェアラブルデバイスに対してはあまりアクションを起こしてこなかったが、ついに今年Amazon Haloをローンチした。これは同社としてデジタルヘルスケア領域により事業として踏み込んでいくということを意味する。

現在のAmazon Haloのレビューは、必ずしも良い評価ではないものも多い。Amazon Haloならではの体脂肪計測の精度や音声トーンの分析の扱いなど、まだ今後の発展を様子見ていく必要があるだろう。ウェアラブルトラッカーは市場で数多く存在し、そのハードウェア自体で価値を見出すのはもはや難しくなってきている。短期的なトラッカーの出来ではなく、中長期でのAmazonならではのビジネスモデルに期待したい。

Amazon Haloの関連記事はこちら:

(4) 神経刺激デバイスの勃興

2019年から今年にかけて、複数の神経刺激デバイスがFDAのBreakthrough Devices Program(BDP)に登録された。なお、このBDPは医療用途として神経刺激を使って治療を行うものを想定しているが、ウェルネス領域でもこうした神経刺激によりリラクゼーションを促進するデバイスが登場している。

これまでは生体情報をセンシングするという受け身の方向であったが、神経刺激というのはユーザーに働きかけるという逆方向のシグナルである。まだ市場にどのように受け入れられるかはわからないが、少なくとも動きとして色々出てきているというのは確かだ。

関連記事はこちら(記事中でFDAがBDP指定したデバイスを紹介している):

(5) 米国を中心としたマインドフルネス市場の拡大

元々市場が拡大していたマインドフルネス市場が、このCOVID-19による世界的な影響を背景に、さらに拡大していることがうかがえる。特に米国のマインドフルネス市場はすでに萌芽期を脱し、市場として明確に形成され始めている。

その市場形成を示すのが、マインドフルネスベンチャー企業の売上成長だ。2012年にサンフランシスコで設立されたベンチャー企業のCalmはこの市場を牽引する1社だ。

同社はマインドフルネスアプリを通して、ユーザーに様々なマインドフルネスに関連するコンテンツを提供している。特にセンシングなど技術的な側面があるわけではないが、同社はすでに世界で5,000万人がダウンロードし、売上が100億円を超えるという急成長を示している。牽引しているのは米国を中心としたマインドフルネスの流行であり、こうした領域で売上100億円を超える企業が出てきたことは、市場がいよいよ本格的な成長期に入ったことを示唆する。

Calmについての関連記事はこちら:

(6) 病状予測アルゴリズム技術の発展

デジタルヘルスケアで注目される分野の1つに、様々な医療データやバイタルデータを元にAIで解析し、病気の疾患の可能性を予測したり、モニタリングをしている中で病状が悪化する前に兆候を捉え、悪化予測を行う技術がある。

現在、事業化が期待される分野は、特に患者が一度入院し、その後退院して予後のモニタリングを行う工程である。患者の状態を家でもモニタリングし、再度病状の悪化が起こる前にその兆候をAIで検知し、適切なタイミングで診察を受けることで重症化を防ぐといった取り組みがある。

代表例でBiofourmisのようなベンチャー企業がいる。このベンチャー企業が開発している技術は専用の高精度なウェアラブルデバイスで取得した様々な生体パラメーターをモニタリングし、兆候をAIで検知するもの。同社が対象としている疾患は治療領域は、心臓病学、呼吸器、腫瘍学、急性・慢性の痛みとなっている。この会社は今年9月にシリーズBで100m$もの資金を調達したことで話題になった。

Biofourmisについてはこちらも参考:


このデジタルヘルスケア分野は技術が多岐に渡っていて、プレーヤーも多く、技術や市場の動きが大きい。2021年もどのような技術イノベーションが起こるか、注目の分野である。