近年、自動車産業においてOEMとスタートアップの連携の動きが注目されてきた。BMWやGeneral MotorsはCVCを持ち、盛んに幅広い領域に投資を行う。

特に自動車業界においてはCASE(Connected:コネクテッド・Autonomous:自動運転・Sharing:シェアリング・Electrification:電動化)に代表される様々な業界変革が起こっている。そうした変化の大きい領域では、新しく生まれるビジネスチャンスに対して数多くのスタートアップも生まれる。

CASEにおいては大手企業がスタートアップを上手く使いこなし、新しい変化に対応していくことが求められている。では、欧米自動車OEMはどのような分野や企業に投資を行っているのだろうか。

今回は、そうした欧米自動車OEMにおけるスタートアップの投資動向を調査した結果の概要を前編・後編の2回に分けて紹介する。

調査対象と期間

調査対象期間:
2016年~2020年までの5年間

調査対象企業:
ゼネラルモーターズ、フォード、ダイムラー、フォルクスワーゲン、BMWの5社
注1) GMはGM本体とGM Ventures(CVC)でそれぞれ投資を行っているため、どちらも調査対象として含み合算している
注2) BMWはBMW i Ventures(CVC)で投資を行っており、本体からの直接投資は確認できていないため、BMW i Venturesの数字となっている

対象投資件数:
上記5社による全153件のスタートアップ投資を精査
注3) 同じ会社に異なるラウンドで複数回出資をしている場合でもそれぞれを1件とカウントしている


調査結果

投資件数推移:スタートアップへの投資は2017年が一旦のピーク

欧米自動車OEM5社のスタートアップへの投資は過去5年間全体で153件実施されている。特に2017年は各社ともに投資件数が高水準だった年となっており、2017年だけで44件ものスタートアップ投資が行われた。この2017年が一旦のピークとなっている。

2020年はコロナウイルスによる世界的な景気減退もあり、明確に各社が投資対象を絞っていることがわかる。

欧米自動車OEM5社の投資件数推移(2016年~2020年)

出所)Crunchbase、及び当社調べにより作成

なお、この5社の中で最もスタートアップに投資を行っているのは、BMW(正確には同社傘下のBMW i Ventures)であり、5年間で52件の投資となっている。次にGM(多くは傘下のGM Venturesからの出資)で、44件の投資実績となっている。

地域別件数:地域別に見ると米国スタートアップへの投資が突出している

スタートアップエコシステムは米国が突出して大きく、おおよそ毎年10兆円規模の資金が流れると言われる。同規模のエコシステムは他には無く、ドイツでも、スタートアップへの毎年の投資額は7,000~8,000億円程度、イスラエルも数千億円規模と言われる。

そうしたスタートアップエコシステムにおいて、欧米自動車OEMの投資先は、全体的には米国に偏っており、この5年間で100件を超える投資が行われている。2番目のドイツは13件、3番目のイスラエルは9件しかない。

欧米自動車OEMの地域別投資動向(2016年~2020年)

出所)Crunchbase、及び当社調べにより作成

さらにその内訳を見てみると、米国は自動運転からEV関連、電池、先端材料、シェアリング・レンタカー・リースのプラットフォーム、非自動車分野までその投資先の分野は様々だ。米国のエコシステムは巨大であり、特定分野に偏りはなく、どのような分野においてもカバーしているように見える。

ドイツについては自動運転関連の投資先は無く、EV充電や、エアモビリティ、ラストワンマイルの物流や送迎サービスなどのMaaSが投資先として挙げられる。

意外と件数が多くないイスラエルへの投資であるが、自動運転関連や電池、ライドシェア等が投資先の分野となっている。日本においても特にイスラエルのスタートアップは注目されており、イスラエル企業も顧客になりえる日本企業へのアピールは積極的であり、知名度は高まってきているが欧米自動車OEMから出資されるのはごく一部の企業に留まるようだ。

資金調達フェーズ:資金調達フェーズ別に見るとシリーズA・Bが多い

スタートアップの資金調達フェーズ別に見ると、シリーズA・Bあたりの出資が多くなっている。他にもシリーズ不明なもの、またレイターステージとなるCorporate Roundも多い。シリーズ不明なものについてはシリーズA以降というように換算できるため、総じて、シリーズA以降の製品や技術の形がある程度できてきたものへの出資をすることが多い、と言えるだろう。

欧米自動車OEMの投資ステージ(2016年~2020年

出所)Crunchbase、及び当社調べにより作成

ちなみに、ここでスタートアップの資金調達フェーズと製品開発の関連性について整理しておく。CVCの関係者やVC業界にいる方であれば既知のものであるが、研究開発や新規事業、オープンイノベーション担当者などで、まだそこまでスタートアップと深い付き合いをしていない関係者であれば、ラフに理解する上では参考になるだろう。ただし、業界によってやや状況は異なる点は注意。例えばIT系や一般消費者向け製品などでは下記の状況は異なる。

BtoBディープテクノロジーにおける資金調達フェーズと製品開発の状況

出所)当社作成

さらに各社別にも見てみるといくつかのことがわかる。内訳を見てみると、BMW(傘下のBMW i Venturesを通してスタートアップ投資を行っている)とGMはシリーズA・Bのミドルステージへの投資が多く、ダイムラーとフォルクスワーゲンはレイターステージへの投資が多く、フォードはややシードを除き満遍なく投資を行っていると言えるだろう。

このように、どのステージのベンチャー企業と密接に付き合うのかは各社の戦略に寄って来る。

欧州自動車OEM別スタートアップへの投資フェーズ件数

注) 数字は2016年~2020年の合算値、当社作成

分野別投資件数:分野別に見ると欧米勢が注力しているのは「CASEプラス1」

やはり総じて言えるのは変革の大きいEV・電池や自動運転関連への投資が多いことである。

最も多いのはEV・電池分野となっている。これはEVを開発する北京汽車グループが設立したBAIC BJEVへのダイムラーへの投資や、EVバスやEVピックアップトラックのProterra、Rivianといった完成車への投資から、充電ステーション関連のChargePointやHubject、急速充電電池のStoreDot、全固体電池のQuantumScape、LIBのFarasis EnergyやNorthvoltなどを含む。なお、注目される全固体電池であるが、必ずしも色々な企業がスタートアップに出資をしているわけではなく、現時点ではフォルクスワーゲンがQuantumScapeに出資をしているのみであり、他はLIB関連となっている。各社で全固体電池の可能性は探っているとは考えられるが、まだすぐに実用化できそうな技術が無いという評価なのだろう。

次いで2番目に自動運転関連への投資が多い。自動運転システムを開発するCruiseやArgo AIを始めとして、自動運転シャトル・トラックを開発するMay MobilityやTuSimple、自動運転AIのMomentaやPhantom AI、Cartica AI、車載センサのLiDARやレーダーを開発するVelodyne、Blackmore、Lunewaveなどが含まれる。

3番目に件数が多いのが車のオンラインチャネル(小売)だ。表で目立つのはCASEであるが、一方で自動車の新しい流通チャネル構築のために投資が行われており、これまでの店舗中心の自動車小売チャネルが変革されようとしている。代表的なものは自動車オンライン販売プラットフォームのAutoFiやTekion、Carwowなどのように、店舗ではなくオンラインで自動車の販売を行うもので、リモートで自動車の販売を完結するユーザー体験を構築している。他にも中古車販売のウェブプラットフォームShift、Heycar、レンタカープラットフォームのSkurtやZoomCarが挙げられる。

分野別の投資件数(2016年~2020年)

出所)Crunchbase、及び当社調べにより作成

上記を踏まえると、欧米勢のスタートアップへの投資分野は、おおむね「CASEプラス1」であると言うことができるだろう。EV・電池、自動運転、シェアリング、コネクテッド(上記ではテレマティクス)、そしてオンラインチャネルの5つである。なお、先端素材分野も件数としては多いが、これはGM Ventures1社による投資であり、他の企業では素材には投資されていないためややトレンドとしては弱い。

(後半に続く)