まだシードであり、あまり詳細な情報は公開されていないが、新しい特徴的なウェアラブルデバイスを開発するベンチャーがまた登場した。それはSynex Medicalという。今回は、次世代の健康モニタリング技術を開発しているという同社の技術について紹介する。

NMRで血中の代謝物をセンシングする技術

Synex Medicalは2017年にカナダのトロントで設立されたベンチャー企業だ。非侵襲で血中の代謝物をセンシングするウェアラブルデバイスを開発している。

この技術は非常に特徴的で、NMR(Nuclear Magnetic Resonance:核磁気共鳴)を使ってセンシングを行う。

このNMR(核磁気共鳴)とは、装置を使って有機物・有機化合物・高分子化合物などの材料分析を非破壊で行うことや、医療機器であるMRIに使われている。どのような原理かというと、原子核は通常、原子核自身が持つプラスの電荷が自転軸に沿って回転し、磁場が発生している。この状態に対して、外から強磁場を与えると原子核は円錐形を描きながら回転し始める。そして、この回転運動における固有の周波数と同じ周波数の電磁波を与えると、核磁気共鳴(NMR)と呼ばれる共鳴現象が起こる。この時にエネルギーの吸収が起こり、吸収量を電気的に測定することでNMRスペクトルを計測し、試料中の物質を特定する。

しかしこの方法は課題がある。それは、NMR信号は本来的には非常に小さく、ノイズに対してあまり強くない。ノイズが含まれる信号においては本来検出したい信号を検知することが難しい。そこで同社は、この微弱なNMR信号だけを抽出するため、ディープラーニングを使いノイズ除去アルゴリズムの開発を行っている。なお、同社の情報はほとんど公開されていないが、トロント大学数学科の助教授(数理生物学や概日生物学が専門)であるAdam Stinchcombe氏がアドバイザーとなっているようである(※1)。

動画クレジット:The Knowledge Society
CEOのBenが3年前に講演で同技術開発に取り組んでいることを発表している
この時は手作りのプロトタイプであった

なお、現時点ではまだデバイスの形状なども公開されていない。ただし、同社は特許を現在出願しており(※2)、特許から垣間見えるのは以下画像のような形状だ。特許内ではこのリング状の中に測定部位を通して体に身に着けることを想定しているようである。手首、耳たぶ、首、つま先、足首などが候補として記述されている。

画像クレジット:CA3081630A1(WEARABLE BLOOD ANALYTE MEASUREMENT DEVICE AND METHOD FOR MEASURING BLOOD ANALYTE CONCENTRATION)

どのような血中物質を検出できる可能性があるのか?

同社によると、グルコース、乳酸、ケトンなどの重要な血液代謝物を非侵襲的かつ正確に測定できるということである。講演の中では、さらにHDL / LDLコレステロール、アミノ酸、ビタミン、血中酸素も測定可能性があることに触れている。

ただし、まだ臨床試験の結果などは動画中でも確認できていない点は注意だ。

現在シードラウンドの調達が終わった段階

同社はまだシードラウンドを終えたばかりのアーリーステージのベンチャー企業だ。2020年10月に5.25m$の資金を調達している。なお、この時の投資家はシードステージに投資を行う米国ボストンVCのAccomplice(このVCはスポーツテックで大きくなっているWHOOPにも投資をしている)がリードとなっている(※3)。

まだシードステージであるために、あくまで技術のプロトタイプの検証をこれから行う段だろう。

(Synex MedicalのHPはこちら


ー 技術アナリストの目 -
NMRと同じ原理を使った技術のウェアラブル化ということで、技術の切り口がとても新しいベンチャー企業である。まだあくまでシードステージなのでどうなるかはわからないが、血中の代謝物をセンシングすることが本当にできるのであれば、5年後に破壊的になる可能性を秘める技術の芽だと感じた。論文や特許も含めて、同社の今後の技術内容の発表についても追いかけていきたい。

参考資料

※1 Biological Spectroscopic Signal Denoising(リンクはこちら

※2 特許CA3081630A1(Wearable blood analyte measurement device and method for measuring blood analyte concentration)

※3 Synex Medicalのブログ(リンクはこちら