ベイビーテック(Baby Tech)やフェムテック(Fem Tech)、またそれら全体を称してファミリーテックといった言葉も使われているが、女性や幼児を対象にした技術のセグメントが近年注目されている。こうした分野は、デジタルヘルス領域の中でもユーザー対象を絞っている分、ユーザーの課題が明確であることも多く、技術やソリューションも具体化しやすい傾向がある。

Owlet Baby CareはCESなどでも有名なベイビーテックで、この領域のベンチャー企業のフェーズとしてはかなり進んでいる企業であった。そのOwlet Baby Careは、特定目的買収企業のSandbridgeと合併し、ニューヨーク証券取引所に「OWLT」の記号で上場すると、2021年2月16日に発表した。

幼児モニタリングデバイスを展開するOwlet Baby Care

2012年に米国ユタ州で設立されたOwlet Baby Careは、家庭内での幼児を対象としたパルスオキシメトリデバイスを開発するために設立された。

同社公開の動画への直リンク
靴下型のデバイスがどのようなものかがよくわかる

2015年にはβ版が完成し、臨床試験を重ねて、幼児モニタリングに関する様々な製品を展開している。現在は幼児の酸素レベルと心拍数を測定することができるOwlet Smart Sockという靴下型のデバイスや、カメラによる幼児モニタリングデバイスOwlet Cam、幼児に特化した睡眠モニタリングアプリDreamLab™、妊娠中の女性の腹部に装着する胎児モニタリングデバイスOwlet Pregnancy Bandを展開する。

OwletはCESでも常連であり、イノベーションアワードを複数回受賞している。(今年は出展が無かったようだ)

この会社はベイビーテック領域の中でも比較的資金調達も進んでおり、Crunchbaseによるとこれまでに調達した資金の総額は48m$となっており、シリーズBラウンドを2018年に完了している。

ベビーテックの市場成長

ベイビーテックは近年、日本でもベンチャー企業が登場しているが、いわゆる非医療のヘルスケア領域においては比較的マネタイズが早いと見込まれている。Statisticaによると、世界のベイビーモニタリング市場は、2024年までに17億3500万$ドル(約1,800億円)に達し、2016年から2024年の間に8.6%のCAGRで成長すると予想されている

この背景には、幼児というこれまでテクノロジーの対象ではなかったユーザーに対し、IoTやセンサ技術が発展し、幼児が対象にできるようになったこと。それにより、不妊・妊娠・乳幼児の育児といったシーンで様々存在する課題の解決を、テクノロジーで支援できるようになったことが挙げられる。

ベビーテックのSPAC上場

そうした中で、今回のSPAC上場である。Owletは近年、急速に成長しており、2019年には50m$(約50億円)もの売上を計上していた。また、2020年にはさらに50%以上の成長率で売上を伸ばしており、事業は急激に拡大している。

今回の企業統合においては、Owletの企業価値は統合後で約1,074百万ドル(約1,000億円)となる。また、合併後の企業が得られる資金は、Sandbridgeが保有する最大2億3000万ドルの現金と、1億3000万ドルの普通株式の同時私募(PIPE)の拠出により、最大3億2500万ドル(約344億円)の現金となる。

Owletの戦略 一貫したビジネスモデル

同社が発表した内容によると、同社のビジネスモデルとしてはベイビーテックIoT製品を販売するだけではなく、将来的に定期的な遠隔医療サービスなどもあり得るという。

Owletの戦略は以下のようなステップを想定している。

  1. Penetration(市場への浸透:既存製品)
    米国市場における初期の市場浸透の動き
  2. Connected Nursery(保育園・保育所・保育者との接続)
    保育園や保育所におけるモニタリングのためのデバイスやシステムを提供
  3. テレヘルス・医療デバイス
    医療機器認定を受けるための技術開発投資を行っている
  4. 海外展開
    欧州やアジア、ラテンアメリカなどの米国外へ展開する

大まかには、まずは米国市場に注力し、先に市場で特徴的なポジショニングを形成し、その後に海外へ横展開を図るという戦略だ。同社の売上計画を見ると、実際には3と4はある程度平行して進むようである。

なお、この中でも3のテレヘルス・医療デバイスにおいては、FDAの医療機器認定を受けるのは通常ややハードルが高そうに見えるが、同社ではすでに以下3つのテーマの開発を進めている。

  • BabySat
    乳幼児向けに特化した、初のパルスオキシメーター
  • OTC Sock
    同社のスマートソックスを処方無しに、医療機器として購入可能になる
    (補足) 恐らく医療機器として保険が適用されたり、償還で費用負担が軽減することを想定しているのだと思われる
  • Telehealth
    医療従事者からの遠隔診断やアドバイスを受けられるようになる

同社のビジネスモデルはあくまで1~4のステップで、別の製品を開発するのではなく、1のステップで開発した乳幼児・妊婦向けモニタリングデバイスを、IoTとして接続し、医療機器認定を受けてより消費者が低価格で購入できるようにしたり、システム上で必要に応じて医療従事者の診察を受けれるようにするものだ。そのモデルは一貫しており、全てが繋がっている。

結果として、LTV(ライフタイムバリュー:1人の顧客が製品を使う期間に得られる売上)は2020年には547$であるのに対し、2021年には914$、2022年には1,328$、2025年には3,296$になると同社は計画・推計している。

Owletエコシステムにより拡大するLTV(同社推計)

同社プレゼンテーション資料より作成

(今回参考のプレスリリースはこちら


ー 技術アナリストの目 -
これは正直、驚いています。ベイビーテックにおいては、2-3年前におおよそ数万台前半くらいのデバイス出荷量のベンチャー企業が出てきており、この当時で数億円前半の売上高だったと考えています。ここで足踏みをして、そこから簡単には成長しない、ということもベンチャーではよくあるケースですので、ベイビーテックはもう少し時間がかかるのではないかと思っていましたが、Owletは短期間に数十億円規模の売上に成長し、今回のSPAC上場のプロセスに入りました。また従来のようにシリーズBの後にシリーズCへ進み、通常の資金調達プロセスで上場を目指すのではなく、今回のOwletがやるようにSPAC上場で一気に数百億円の資金を調達するというのは、こうしたヘルスケア分野でもムーブメントになる可能性を感じます。海外を中心として、ますます事業環境の変化は加速するでしょう。