自動車大手のゼネラルモーターズ(General Motors)は、リチウム金属を使った次世代電池を開発するベンチャー企業のSESと新しい共同研究開発の契約を締結したことを、2021年3月に発表した。

急拡大するEV市場と次世代電池の研究開発加速

足元では電気自動車(EV)の市場は世界で拡大期に入った兆しが見られる。米テスラの2021年1月~3月の販売台数は18万4800台となり、前年同期比で2.1倍もの急成長を示している。2020年全体では、世界のEV・PHEV(プラグインハイブリッド)の販売台数は312万台、前年比で41.4%増と世界全体でも急拡大している。

そうした中で、次世代電池の研究開発も加速している。先日フォルクスワーゲンはPower Dayでアグレッシブな電池分野への投資とそのロードマップを発表した。最先端で本格的な実用化が期待されるシリコン負極を使ったリチウムイオン電池を開発するEnovixはSPACスキームを使って上場する。

GMと提携したSESとは

GMやSK、SAICらが出資

SESは、MITの卒業生と当時ポスドクであったQichao Hu氏が創業した米国ベンチャー企業である。会社は2012年に設立されている。

Crunchbaseによると、同社がこれまでに調達した資金の総額は86.1m$となっており、シリーズCまで完了している。同社に出資をしているのは、ゼネラルモーターズ、韓国のSK、テマセク(シンガポールの政府系投資会社)、アプライドマテリアルズ、SAIC(上海モーター)、伊藤忠商事らだ。

重量エネルギー密度で400~500Wh/kgを目指す

同社はリチウムイオン電池の負極をグラファイトから、極薄のリチウム金属に変えたリチウム金属電池を開発している。現状のグラファイト負極を使ったLIBでは重量エネルギー密度は200~250Wh/kg、体積エネルギー密度で600Wh/lがほぼ限界値となる。そこで、直近は負極にシリコンを使ったものや、正極にニッケルリッチな材料を使い300Wh/kgを突破することを目指して、様々な企業で取り組まれている。同社はさらにその先の次世代バッテリーを目指しており、リチウム金属を使った電池は400~500Wh/kg・1,000Wh/lを実現する可能性がある。

ただし、このリチウム金属を使った電池は昔から様々な企業や大学が研究開発を行っているが、実用化はまだできていない。SESも、創業してから3年後の2015年に、初めてプロトタイプを発表し、投資家から資金調達を行っているが、必ずしも実用化に向けてスムーズに進んでいるわけではない。当初は2018年前後から実用化するという計画で研究開発を行っていたが、実用化のめどは立たず、現在も研究開発中にある。

高リチウム塩濃度の電解質を用いたアプローチ

このSESの電池は、極薄のリチウム金属負極にすることで、電池容量が大幅に増加するだけでなく、バッテリーのサイズも従来の半分になるという。ただしリチウム金属負極は、充放電を繰り返した際にリチウムが析出することで起こるデンドライトの形成が、実用化に向けた長年の課題となっている。同社はこの課題に対して、電解液へのアプローチで解決しようとしており、同社の特許を見ると、電解液は高リチウム塩濃度を有する有機溶媒に工夫がある。

この電解液を工夫してデンドライト形成を防ぐアプローチは、様々な企業や大学研究機関が取り組んでいる。日本でも都立大発ベンチャーのABRIが都立大と山口大学との共同研究で、溶質LiFSI(リチウムビスフルオロスルホニルイミド)/溶媒SL(スルホラン)により、針状のLiが析出しにくくなることが確認されている。また、先般Northvoltが買収したCubergもリチウム金属電池を実現するために不燃性で高還元性の電解液を使って実用化を目指している。

今回のSESの高リチウム塩濃度電解液であるが、実はこれまではリチウム濃度の適正値はおおよそ1mol/L程度とするのが一般的であった。濃度を高くすると、電解液の粘性が高まってしまい、電解液にとって重要であるイオン伝導度が低くなる。そのため、塩濃度を1mol/L以上高くするメリットは無いとされてきた。一方で、近年、高濃度塩の溶液が酸化・還元安定性の増大や、リチウム金属負極の可逆性向上などに寄与することが指摘されており、注目されている。同社の特許からは、溶媒に対するリチウム塩濃度が2~10 mol/Lで設計されるようである。

GMとの6年の関係を経て、より進んだ共同開発提携へ

GMは、そのCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)であるGM Venturesが2015年に出資を行っており、そこから6年もの関係を経て、今回の共同開発提携の発表に繋がった。

(補足)実にこの6年という歳月が、ディープテクノロジー領域で、オープンイノベーションをやろうとすると、いかに時間がかかるか、ということを示す良い例となっている。しかも、まだ実用化はできていないのだ。通常、シリーズAあたりで大手企業が出資しようとすると、初期サンプルの原理検証ができていて、出資を判断することになると思うが、実用化できるかは全くわからない不確実性がある中で、大手企業はベンチャー企業と付き合う必要がある。

両社はこれまでも共同研究開発を続けてきており、GMの発表によると「49件の特許が付与され、45件の特許が出願中」であるとのことである。実際に調査をしてみると、GMとSESが共同で出願している特許が確認できる。

両社の合意の一環として、GMとSESは、マサチューセッツ州ウォーバーンに、2023年までに大容量の試作バッテリー用の製造プロトタイピングラインを建設することを計画している。

GMはリチウム金属電池の研究開発を行っていることを明らかにしており、初期のプロトタイプは、ミシガン州ウォレンにあるGMのグローバルテクニカルセンターの研究開発ラボで、すでに15万回のシミュレーションテストマイルを完了している。

GMは今回締結したSESとの新しい共同開発契約を通して、リチウム金属電池の実用化を加速する考えだ。


ニッケルリッチ正極やシリコン負極、リチウム金属などの先進リチウムイオン電池に関する技術動向の全体像を知りたい方はこちら。

参考:(特集)車載向け次世代電池の技術開発動向① ~先進リチウムイオン電池~


ー 技術アナリストの目 -
リチウム金属電池は昔から研究開発がされてきたものの、実用化に至っていない「聖杯」領域の1つです。一方で、今回GMからはリチウム金属を使った電池において、2023年までに大容量の試作バッテリー用の製造プロトタイピングラインを建設する、という、具体的なタイムラインの話が出てきました。あくまで試作用ラインであるため、実用化は5年前後のスパンで考えているとは思いますが、ゲームチェンジャーになる可能性のある技術として、GMが注目していることは間違いありません。全固体電池が注目されがちですが、液体電解質の次世代LIBも大注目です。

参考文献:

1) GM Targets Range and Battery Cost Improvements to Accelerate All-Electric Future, GM Press Release

2) 次世代リチウム二次電池における電解液の重要性, 横浜国立大学 多々良 涼一、渡邉 義, 工業材料

3) EP3257099B1, High salt concentration electrolytes for rechargeable lithium battery


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