注)2022年10月27日更新しました

ブレインテックへの注目は今に始まったことではなく、その注目度にはやや波がある。しかし、広義には脳(ブレイン)に関連する企業は300社を超えるプレーヤーが存在しており、その全体像は非常につかみにくい。

今回は、300社以上の脳関連企業をスクリーニングし、技術開発要素のある企業約180社程度をピックアップした上で、ブレインテックの技術動向の概要を整理している。

ベンチマーク対象は欧州・米国・イスラエル・日本を中心として、一部中国企業も含まれる。

グローバルを対象とした最新のブレインテック技術動向レポートを販売しています。詳細は以下のページをご確認ください。

注目される背景 ~存在するアンメットニーズ~

ブレインテックは、いわゆる脳波を測定したり、脳神経に刺激を与えるようなテクノロジーを指している。ブレインテックが注目される背景には、世の中のアンメットニーズ(まだ解決されていない課題やニーズ)が、テクノロジーによって解決できるようになる期待があることが挙げられる。

そもそも脳科学にはまだ未解明の要素も多く、世界各国が国を挙げて脳科学に予算をつけて研究に取り組んでいる。そうした中で、2010年代半ばから、チップやAI技術が進展したことにより、数多くのスタートアップが参入し、資金調達が進む企業も増えてきた。

大手企業においても、新規R&Dや新規事業の中期テーマとして、ブレインテックの可能性に着目するケースが増えてきている。

2030年に50-60億ドル市場へ

さて、市場動向であるが、様々な調査会社によって将来の市場規模が推計されているのでそれぞれ見ていこう。

調査会社のGrand View Research社によると1)、2021年の世界のブレインコンピューターインターフェイスの市場規模は15.2億米ドルと評価され、予測期間中に17.16%の年間成長率 (CAGR) で成長すると予想している。参照元では2030年の数値は明記されていないが、公開されている17.16%のCAGRで計算すると、2030年に約63.2億ドルになると推計される。

また、調査会社のAllied Market Research社によると2)、世界のブレインコンピューター インターフェイスの市場規模は、2020年で14.8億ドルと評価され、2030年までに54.6億ドルに達し、2021年から2030年にかけて13.9%のCAGRで成長すると予測している。

上記2つのレポートのにおいては、おおよその規模感は合致しており、2030年に向けて50-60億ドル規模になる成長市場であると推計されていることが言える。

ただし、この手のレポートにはつきものだが、レポートがカバーしている主要プレーヤーが必ずしも同分野の有望プレーヤーを網羅していない点は要注意である。精緻に市場規模を算定しようとする場合は、これらレポートの数値を参考にしつつも、独自のロジックで精緻化することをお勧めする。

fMRI・EEG・MEG・NIRSなど開発が進む様々な計測方式

脳計測技術については様々な技術方式が存在している。

当社調査により作成
(詳細はブレインテックレポートに記載)

病院や診断で利用されているのはすでに身近にあるCT/PET/MRIであるが、こうした領域はすでに技術としては成熟しているものの、撮像した画像をAIで解析することで、これまで検知しにくかった脳の変化を数値で判断するような技術が登場している。

そして今後期待されるのが、fMRIやMEG、fNIRS、EEGなどの計測技術となっている。とりわけfNIRS(機能的近赤外分光分析法)やEEG(脳波)はウェアラブルなどの比較的小型デバイスにしやすいことから、多くの企業が実用化に取り組んでいる。

早期診断や治療の実現に向けて進む研究開発

ブレインテックの用途全体像

ブレインテック企業を対象とした当社調査より作成

ブレインテックの有望用途は特に医療用途に集中している。理由はすでに述べた通り、まだ実現していない早期診断・治療のアンメットニーズが存在しており、技術によって解決することで大きな市場が切り開く可能性があるからだ。

なお、各分野に取り組む企業の数は以下のような分布となる。

世界のベンチャー企業約180社を対象とした当社による独自集計で作成

臨床用という形での特定用途に限らない医療用全般での開発を除くと、認知症・アルツハイマー分野というのはブレインテックのターゲットとして一大分野となっており、何かしらの形で取り組む企業が多い状況となっている。次いで多いのが、てんかんのモニタリングや治療、そしてうつ病・メンタルヘルスや睡眠分野も数が多い。

うつ病患者を自宅で支援する臨床試験を実施しているNeuroelectrics社

なお、マインドフルネスや集中力向上、エンタメ・ゲームなどの分野もあり、これらの分野は過去に注目された企業もいたが、その後上手く成長できていないように見える。背景にはややシーズアウト的な発想であり、ソリューションによって解決できるユーザーの課題が深くないことが考えられる。

ただし、2019年にCTRL-labsという企業をFacebookが買収したことが話題になったことを覚えている人もいるだろう。リストバンド型で、脊髄の神経から手の筋肉に送られる電気信号をデコードすることで、「念じてコンピューター操作を行う技術」を開発していた企業である。こうした技術が本格的にメタバースやAR/VRの領域と結びついてくるのは今後の話であり、特にエンタメ・ゲーム分野での実用化は興味深いものである。

Facebook(現Meta社)が買収したCTRL Labs

当社が独自に調査作成したブレインテックロングリストでは、これら各分野の実用化動向や医療機器の認定状況なども全て整理している。詳細な情報を必要とする場合はこちらのレポートページをご確認いただきたい。

有望企業の動向

いくつかの有望企業について紹介する。(実際には下記で紹介している以外にも数多くの有望企業が存在しているため、あくまで一部のみの紹介である点は注意)

(1) Neuralink ~埋め込み型BCIシステムで麻痺患者を支援~

  • 設立年       :2016年
  • 国         :米国
  • 資金調達フェーズ  :Late Stage
  • 最新資金調達日   :2022年7月
  • 最新資金調達額   :10m$(Secondary Market)
  • 累積資金調達額   :373m$
  • 事業内容      :埋め込み型BCIシステム
  • URL        :https://neuralink.com/
同社公開の動画への直リンク

イーロン・マスク氏が立ち上げた、脳神経にコンピューターを接続することを試みる脳インプラント企業。麻痺を持つ患者にBCIを埋め込み、外部と接続することで、脳で直接コンピューターやデバイスを制御して、日常生活を支援することを狙う。

“Neuralinkはインプラントの安全性を確保するために開発しており、FDAと密にコミュニケーションしてる”と、2021年2月にマスク氏はツイートしているが、現時点では動物実験のみを実施している。

ブレインテックを有名にした代表的な企業であるが、同じ埋め込み型BCIとしては、後述のSynchron社がFDAの認可を得て人体を対象とした臨床試験に進んでおり、Neuralink社の技術開発フェーズとしてはやや遅れている状況がある。

(2) Ceribell ~EEGデバイスをてんかんモニタリングで実用化~

  • 設立年       :2014年
  • 国         :米国
  • 資金調達フェーズ  :Late Stage
  • 最新資金調達日   :2021年4月
  • 最新資金調達額   :53m$(SeriesC)
  • 累積資金調達額   :121m$
  • 事業内容      :非侵襲脳モニタリングデバイス
  • URL        :https://www.ceribell.com/
同社公開の動画への直リンク

Ceribellは、従来のEEGシステムに不満を抱いていたスタンフォード大学の教員2名が2014年に設立した、医療機器スタートアップ企業。臨床的なアンメットニーズに応えるため、神経系患者の診断を飛躍的に効率化する、高速応答脳波計システムを開発。Ceribell EEG Systemは2017年にFDA 510(k)を取得しており、医療機関のベッドサイドで患者のてんかん発作のモニタリング用途で利用されている。

(3) Kernel ~高性能EEGプラットフォーム~

  • 設立年       :2016年
  • 国         :米国
  • 資金調達フェーズ  :Late Stage
  • 最新資金調達日   :2020年7月
  • 最新資金調達額   :53m$(SeriesC)
  • 累積資金調達額   :107m$
  • 事業内容      :非侵襲脳モニタリングデバイス
  • URL        :https://www.kernel.com/
同社公開の動画への直リンク

2021年10月に米国食品医薬品局は、ロサンゼルスに本拠を置くカーネルによって作成された神経画像ヘルメットを使用して、人間がサイケデリックな量のケタミンを摂取したときに脳で何が起こるかを追跡する臨床試験を承認。カーネル自身の脳波測定ヘルメットがFDAを得ているわけではないため、あくまで研究用途で提供されている点は注意。

(4) BioSerenity ~てんかん向け脳波測定ウェアラブル~

  • 設立年       :2014年
  • 国         :フランス
  • 資金調達フェーズ  :Late Stage
  • 最新資金調達日   :2022年2月
  • 最新資金調達額   :N.A.(Corporate Round)
  • 累積資金調達額   :94.2m$以上
  • 事業内容      :てんかん向け脳波測定ウェアラブルシステム
  • URL        :http://www.bioserenity.com/
同社公開の動画への直リンク

2021年1月に同社が開発しているウェアラブルEEGデバイスがFDA承認を得たと発表。これにより、医師はてんかん患者の電気的脳活動をリモートで監視および評価できるようになると言及している。同社が開発したのは使い捨てのウェアラブル電極パッチであり、定期的または緊急の脳活動評価のための短い間隔 (1時間未満) のEEGの記録を迅速かつ簡単に可能にする。

(5) Synchron ~世界初のヒトを対象とした埋め込みBCI~

  • 設立年       :2016年
  • 国         :米国
  • 資金調達フェーズ  :Late Stage
  • 最新資金調達日   :2022年2月
  • 最新資金調達額   :N.A.(Undisclosed)
  • 累積資金調達額   :70m$以上
  • 事業内容      :埋め込みBCIデバイス
  • URL        :https://synchron.com
同社公開の動画への直リンク

2022年7月に同社はFDAから承認を得て米国発のヒトを対象とした臨床試験に進むことを発表。同社によると、これは米国で初であるという。同社が想定しているアプリケーションは複数あり、現在パイプラインとして開発が進行している。

同社によると、麻痺向けの回復用途では現在臨床試験フェーズ、そしててんかん向けのニューロモジュレ―ション治療用途、および脳損傷の神経診断用途では前臨床フェーズとなっている。

まとめ

上記で見たように、数多くの企業がブレインテックの研究開発に取り組んでいるが、医療分野では人間を対象とした本格的な臨床試験はまだ一部に留まる。また非医療分野においても、本格的に実用化に至るのはこれからだ。

企業の新規事業やR&Dの中長期テーマとしては非常に興味深い技術分野であり、その技術開発動向を定期的に追いかけていく必要がある。


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1) Brain Computer Interface Market Size, Share & Trends Analysis Report By Application (Healthcare, Communication & Control), By Product (Invasive, Non-invasive), By End Use (Medical, Military), And Segment Forecasts, 2022 – 2030(リンク

2) Brain Computer Interface Market by Component (Hardware, Software), Type (Invasive, Non Invasive, Partially Invasive), and Application (Healthcare, Communication & Control, Entertainment & Gaming, Smart Home Control, and Others): Global Opportunity Analysis and Industry Forecast, 2021-2030(リンク