急成長する低侵襲CGM

低侵襲血糖値モニタリング市場(ここでは連続グルコースモニタリング:Continuous Glucose Monitoringを対象としている)が、急成長している。

WHOによると1)糖尿病人口は世界で約4億2,200万人存在している。糖尿病は様々な合併症を引き起こす重大な疾患であり、WHOが挙げる世界の死因においても9位に位置している2)

従来、糖尿病患者は血糖値の管理のために、指先から血を採血して血糖値を測定するフィンガープリックというデバイスを使ってきた。しかしこの方式は患者が自ら針を刺して血を取るため患者の負担が大きい。そこで、マイクロニードルを備えたパッチ型バイオセンサーを皮膚に取り付けて、連続的に血糖値を測定するデバイスが登場した。

これは、皮膚下の間質液のグルコースにバイオセンサーの酵素が反応することで電流を生成し、測定するものとなっている。間質液グルコース濃度がわかれば、相関が認められている血中グルコース濃度を推計することができる。

皮膚下の間質液中のグルコース測定のイメージ図

当社作成

この方式は取り付ける際に痛みが無く、また連続したデータで間質液中のグルコース濃度を見ることができることで、これまでに無かった新しい価値を実現した。

なお、市場規模は市場調査会社によってやや異なるが、例えばGrand View Researchの調査レポートでは、血糖値測定デバイス市場全体で2020年で126.4億ドル(約1.4兆円)なのに対して、連続グルコースモニタリングデバイス市場は、2020年で47億ドル(約0.5兆円)と、おおよそ血糖値測定市場の1/3をCGMが占めていることがわかる5)6)

CGMは2021年から2028年までにCAGR10.1%で伸びることが期待されている成長市場となっている。

(補足)ただし、1点注意なのは上述のCGM市場規模の中には今回取り上げているマイクロニードル型デバイスだけでなく、インプラント型のデバイスも含まれている。

マイクロニードル型グルコースモニタリングデバイスの発展

このマイクロニードル型の連続グルコースモニタリングデバイス(CGM)は、2000年代前半に様々なデバイスが登場している。

世界で初めて米国FDAが医療機器として認定したCGMは、Medtronicが開発したデバイスであり、1999年に登場している3)。このデバイスは3日間の計測を元にデータをダウンロードし、医療専門家が分析に利用するというものであった。

その後、2006年に当時まだベンチャー企業であったDexcomがCGMのFDA承認を得る。このCGMは受信機が近くに無いとデータの送信ができないという制約はあったが、通信でデータを飛ばすことができるというものとなっている。

遅れること2008年にはAbbottのFree Style Libreの前身にあたるFreestyle NavigatorがFDA承認を得て、CGMの事業を開始している。

そして、2016年には指先測定によるキャリブレーションを必要としないCGMとして、AbbottのFreeStyle Libre ProがFDAの承認を得て、日本でも保険適用されることになった。

Free Style Libreとスマートフォンアプリ

アボットジャパン合同会社プレスリリースより

なお、DexcomやAbbottらのプレーヤーは現在も製品開発を続けており、市場は製品の改良フェーズ(または他用途展開のフェーズ)に入っている。Dexcomで言うとG4→G5→G6とスペックを改善した製品を出し続けており、AbbottはFree Style Libreのバージョン2が2020年にFDA認定を取得し、現在バージョン3が欧州のCEマークを取得しており、FDAの認定取得も時間の問題となっている。

基本的にはDexcomもAbbottもバージョンが上がるごとに、サイズが小型になり、Bluetoothなどの通信によってデータが自動でサーバーへ吸い上げられ、よりユーザーが便利にモニタリングという行為ができるようになっている。

コロナ禍でも成長するDexcomとAbbottのCGM

以下にDexcom社の売上高の推移を示す。

図を見てわかるように売上高はずっと右肩上がりで、現時点でも急激な成長を実現していることがわかる。わずか10年前には売り上げが50億円前後だったベンチャー企業は今では2,000億円を超える

Dexcomの売上高推移

macrotrendsより当社作成

なお、Dexcomのコアのターゲットユーザーは、積極的に血糖値をモニタリングする必要のある人(=インシュリン治療を行っている人)である。同社はこのターゲットを糖尿病1型+糖尿病Ⅱ型のIIT(Intensive Insulin Therapyを行う人)と定義する。

Dexcomが発表しているところでは、おおよそ現在のCGMの市場浸透度は、米国のこれらのコアターゲットユーザー層で30~40%程度と推計しており、主力市場の米国においてもまだ未開拓の部分は大きい。

また、同じくAbbottもFree Style Libreの販売数が拡大しており、その売上は伸びている。Abbottは広範な事業を保有しており、医療機器部門のDiabetes CareというセグメントにFree Style Libreが含まれるが、2020年の業績においては医療機器7セグメントあるうち、前年比でプラスなのはこのDiabetes Careセグメントのみである。なお、Diabetes Careの2020年売上高で3,267m$であり、これは医療機器の売上全体で見るとおおよそ30-40%程度、会社全体で見ると10%程度を占めている。

マイクロニードル型デバイスの課題

市場を席捲しつつあるマイクロニードル型グルコースモニタリングデバイスであるが、必ずしも現状で完璧であるわけではなく、課題はある。

現状の主要な課題は以下となる。

  1. デバイスの寿命の問題

現在の主要なCGMデバイスはおおむね1週間から2週間でのセンサーの交換を必要とする。例えばAbbottのFree Style Libreは2週間で交換し、再度皮膚下にマイクロニードルを挿入する必要がある。デバイスは消耗品であり、長い期間使用しようとするとその分、センサーの処方を受ける(または自費購入)が必要となる。

そのため、Senseonicsはインプラント型デバイスでこの問題を解決しようとしている。SenseonicsのCGMは最大180日連続で測定し続けることができる。

2. 低血糖レベルでの精度不安定

オックスフォード大学の研究者による最新のレビュー7)で、低血糖を検出するためにCGMを日常使用するには精度が低いことを示唆している。そのため、必ずしもいきなりフィンガープリックを代替できるわけではなく、患者は必要に応じて積極的にフィンガープリックを使う必要があり、CGMを使うことでフィンガープリックの回数を減らすことができる、という位置づけがされている。

3. 保険適用が無いと高い

CGMの急激な利用普及は、医療機器認定による保険適用で、患者の負担が小さくなったことが大きい。これは先進国で保険制度が整っている場合特に問題にはならないが、新興国についてはまだまだこれからである。世界でも糖尿病患者が最も多いのが、低中所得国と言われており、CGMが貢献できる膨大な可能性が拡がっている。

上記の様な背景からも、この市場はマイクロニードル型デバイスで全て解決するわけでは無く、今後、さらに低コストで、長く、手軽にユーザーが使うことができるデバイスが求められていく。

 

現在、健康・ヘルスケアの新規事業などでグルコースモニタリングに注目する企業が増えているが、上記のデバイスの寿命の問題や、保険適用の問題等の問題がクリアできないと、現行のCGMが糖尿病治療以外で、予防や未病といった健康管理領域で使われることは難しいだろう。そうした背景もあって、取り換えが必要になるCGMではなく、スマートウォッチなどでの非侵襲グルコースモニタリングの技術開発は依然として求められている。(ただし技術開発のハードルが非常に高いのであるが)

今後の注目ポイント

さらに今後の注目ポイントとして以下の点が挙げられる。

ポイント① 他用途展開

AbbottがFree Sytle Libreを活用して、アスリートの健康管理の領域に展開しようとしている。トレーニングや競技パフォーマンスのための栄養摂取の効率性に対するアスリートの理解を深める、小型ウェアラブルセンサー「Libre Sense Glucose Sport Biosensor」で、昨年CEマークを取得した。アスリートは、栄養を適切に補給して、低グルコースによる疲労を回避することができる。

参考:Abbottがアスリート向けの世界初グルコースバイオセンサを発表

このように、CGMでセンシングできることに着目し、他用途展開を図る動きがごく一部だが出てきている。

ポイント② AIによるデータ解析での血糖値管理高度化

現在のCGMは、基本的には患者や医者がそのデータを視認しながら自分で意思決定を行い、血糖値のコントロールを行う。AIでのデータ解析などは行っておらず、血糖値の異常な低下や上昇に対してアラートを出すようなことに留まっている。

一方で、CGMの新しい価値の1つは連続した血糖値データを取得し、蓄積できる点にあり、AIで解析して血糖値管理や治療行為を高度化しようという試みもある。

例えばテルモはDexcomの機器と連携し、CGMで読み取ったセンサ値をAIで解析し、スマホ型端末で管理する食事や運動の情報を合わせて、AIが最適なインスリンの量を算出する。そして腹部につけたインスリンポンプに指示を出し、自動投与するシステムを開発中だ。このCGMの値から、個人に最適なインスリン投与量を計算するアルゴリズムの研究は大学研究機関でも行われている(例えば8)など)。

また、CGMの値の傾向から、今後の血糖値を正確に予測することで、血糖値の予期せぬ変動による悪影響を防ぐためのアルゴリズム研究なども行われている(例えば9)など)。

 


ー 技術アナリストの目 -
今回は低侵襲のCGMの動向を取り上げています。非侵襲のグルコースモニタリング技術が話題になりがちですが、非侵襲測定技術は非常に難易度が高く、現時点ではまだ実用化できるかどうかは不透明です。一方で、足元では欧米を中心にCGMが大きな成長を見せており、医療機器の観点でも、将来の健康・ヘルスケアを考える上でも重要な変化が訪れています。

【世界の生体センシング・ヘルスケアモニタリング技術に興味がある方】

世界の生体センシングベンチャー企業の技術動向や、ヘルスケアモニタリングのデバイス動向、最先端の取り組みのベンチマークなどに興味がある方はこちらも参考。

詳細:先端技術調査・リサーチはこちら


参考文献:

1) WHO(World Health Organization)のDiabetesのサイト(リンクはこちら

2) The top 10 causes of death, WHO(リンクはこちら

3) INNOVATION MILESTONES, Medtronic(リンクはこちら

4) Abbott Japanプレスリリースより(リンクはこちら

5) Continuous Glucose Monitoring Device Market Size, Share & Trends Analysis Report By Component (Transmitters, Sensors), By End Use (Hospitals, Homecare), By Region (Asia Pacific, North America), And Segment Forecasts, 2021 – 2028(リンクはこちら

6) Blood Glucose Monitoring Devices Market Size, Share & Trends Analysis Report By Product (Self-monitoring, Continuous), By End-use (Hospitals, Home Care, Diagnostic Centers), By Region, And Segment Forecasts, 2021 – 2028(リンクはこちら

7) Lindner, N., Kuwabara, A. & Holt, T. Non-invasive and minimally invasive glucose monitoring devices: a systematic review and meta-analysis on diagnostic accuracy of hypoglycaemia detection. Syst Rev 10, 145 (2021). https://doi.org/10.1186/s13643-021-01644-2(リンクはこちら

8) Vettoretti, Martina et al. “Advanced Diabetes Management Using Artificial Intelligence and Continuous Glucose Monitoring Sensors.” Sensors (Basel, Switzerland) vol. 20,14 3870. 10 Jul. 2020, doi:10.3390/s20143870(リンクはこちら

9) Rekha Phadke, Varsha Prasad et a. “Glucose Level Prediction of LIBREPRO CGM Sensor Data Using Machine Learning Algorithm for Enhanced Diabetes Mellitus
Management” International Journal of Computer Sciences and Engineering, Vol.-7, Issue-5, May 2019, DOI: https://doi.org/10.26438/ijcse/v7i5.15711582(リンクはこちら